注目の記事 PICK UP!

日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 35話 マルコムの病気② キングズカレッジでの出来事

マルコムの実の兄は、歯科医師だった。
生涯ロンドン大学キングズカレッジで、歯科学の教授として退官するまで仕事をした。
臨床は大学生やインターンの時に限られるが、その時に全盲の患者として彼のもとを訪れたアンという女性と結婚した人だ。
義兄は、私の最も尊敬する人の一人である。

第1話はこちら
前回のお話はこちら

キングズカレッジ附属病院へ

マルコムは、そんな背景もあってか、キングズカレッジを信用していて、深刻な病気の時にはなるべくキングズカレッジに紹介してもらうようにしていた。
私が不整脈の手術のお迎えなどにいくと、「兄貴がここで教えていて、自分がサゾークの地方自治体で働いていた時は、近かったんで昼よくランチをご馳走してくれたもんだよ」と懐かしそうに建物を見上げていた。

後で知ったことだが、キングズカレッジ付属病院は、筋萎縮性側索硬化症など、神経内科系の難病の世界的な研究チームを持っている。
まだ未知な分野の多い、神経系の難病に関しては世界で最も進んだ研究をしている。
ノーワード先生もそのチームの一員だった。

ノーワード先生の診断を受けたのち、しばらくして私たちはキングズカレッジに再検査に出かけた。
ノーワード先生の上司に診てもらうためだ。

さすがに大病院で、駐車場は大混雑、私たちは病院から離れた合法の路上駐車場を探して車を停め、比較的長い距離を歩いて病院に入らなければならなかった。
マルコムはまだ杖でなんとか歩行することができていた。
でも時間がかかった。
慎重に歩いていたせいもあるだろう。
私があの病気にかかったら、1日何回も転んでいただろうから。

死刑宣告

さて、キングズカレッジまではるばるやってきたにもかかわらず、検査の結果はより厳しいものだった。
筋萎縮性側索硬化症(日本名ALS、英語名MND)はほぼ間違いないとされ、リルゾール(日本名リルテック)という高価な薬が処方された。
これは、進行を多少遅らせる(可能性がある)薬で、治療薬ではなかった。
結局、手の打ちどころのない病気なのだ。
医師は皆、神妙な顔で「私たちにできることは何もありません」とこうべを垂れた。
それは死刑宣告と同じことだった。

私は、中国人の親しい友人に連絡を取った。
中国ではこの病気に効く薬がある、と読んだから。
藁にもすがりたいというのはこのことだった。

駐車場での出来事

死刑宣告を受けた日は、病院がとても混んでいて、私たちは2時間以内で自分の車に戻ることができなかった。
マルコムを急かすことができなかったので、私は一人で先に行って車の様子を見ることにした。
「ゆっくり歩いてきてね」
そう言い残して私は路上駐車した車に向かった。

車のそばには黒人の太った女性がウロウロしていた。
切符を切っていたのだ。
そこの駐車は2時間まで。
私たちは2時間に7分くらい遅れてしまったのだ。

私は切られた切符を手に、女性に話しかけた。
「ねえ、すみませんけど、私の夫は足が不自由なんです」
彼女は肩をすくめた。
だからどうした、という感じだった。
「だから早く歩けなかったんです、それでもこれですか?」
私は切られた切符をひらひらとかざした。
彼女は私と目を合わせようとせずに、しきりに何かを小さなノートに書き込んでいる。
「聴いてますか? 私の夫は障がい者なんです」
「障がい者の証明書は車にはなかったわ」

彼女が初めて口を開いた。
それはそうだ、病気がわかったのはつい最近なのだから。
その時、そばの高層アパートの上から、大勢の若者の口笛が聞こえた。
ヒューヒュー、やれやれ!
私は猛烈に腹が立った。
コイツらに何がわかるというのだ。

私は上をむいて彼らを睨みつけた。
その時、病院からゆっくり歩いてくるマルコムの姿が目に入った。
私は彼に駆け寄って、抱きかかえるように車まで連れて行った。
黒人女はまだそばにいた。
だが私は、何よりもマルコムを安全に車に乗せることに集中した。

「好きにしな。あんたは人間じゃない」
私はそんな言葉を彼女に吐きかけた。
ビッコを引いたマルコムの姿が目に入ったのか、黒人の女性はもう何も言ってこなかった。
それも悔しかった。

国家への怒り

マルコムを乗せて家に帰ってから、私は交通局に手紙を書いた。

私の夫は筋萎縮性側索硬化症であること、もう助かる見込みはないこと、その診断を受けていたため、時間が遅くなって駐車時間をオーバーしてしまったこと。
たった7分という時間を障がい者に許せない国とはどんな国家なのか。
私は思いの丈を書いて、交通局に送った。
後日、交通局から来た丁寧な返事に、私は涙を止めることができなかった。

「大変失礼いたしました。ご主人がそんな状況にあることがわからず、係員が失礼な対応をしたことをここにお詫びします。どうか、お体に気をつけてお過ごしください。交通違反切符は処分してください」…

誰もが、私の夫が死んでいくということを知っているのだ、と私は感じた。

マルコムが、健康を取り戻せるなら、交通違反の罰金を支払うなんてなんでもないことだった。
むしろ、支払わせてよ、と言いたかった。

だが、マルコムは確実に死に向かって進んでいた。

つづく

The following two tabs change content below.

Emma Rosemary Watson

2005年ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、
Transnational Communication and Global Media修士課程終了。
以降、ロンドンにて日英コンテンツの発信を行う。
ロンドン在住中にイギリス人の夫と結婚、
イギリス流のライフスタイルのなかで暮らす。
現在、イギリス人の好むイギリスのカントリーサイドを歩くネイチャーウォークの楽しさを日本人にも知ってもらおうと活動中。

関連記事

  1. イギリスのデパートはどれも老舗だった!

  2. クリスマスホリディホームステイに行こう!「ロザリー×アサヒトラベルインターナショナル」

  3. イギリスの道路

  4. 日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 6 笑い合えるイギリス中年…

  5. ASDA(アスダ 大手スーパー)パトロール① 〜生活編〜

  6. 日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 28話 メイおばさんのこと…

  7. 長期滞在、駐在の方必見!電車の割引カード

  8. 英国ファッションブランド SUNSPEL(サンスペル)

  9. ロンドンでのバスの乗り方

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

Twitter

最近の記事

PAGE TOP