アノニマスのモデルが由来のGuy Fawkes Day(11月5日)

エリザベス1世によるイングランド教会体制の強化

メアリーの後に王位を継いだのが、ヘンリー8世とアン・ブーリンとの娘で生涯独身を貫いたエリザベス1世(在位1558-1603)。
エリザベス1世はプロテスタントではあったものの宗教改革は行わず、多くの人をイングランド教会に取り込もうとしました
そこでカトリックの貴族たちが、スコットランド女王の位を追われたメアリー・ステュアートを擁立して反発したものの失敗に終わり、メアリーは処刑されてしまいました。

カトリックとの争い

そして、エリザベスの後継についたのは、なんとメアリー・ステュアートの子であるスコットランド王ジェイムズ6世が、イングランド王ジェイムズ1世(在位1603-1625)として即位
このジェイムズ1世が火薬陰謀事件の悲劇の主人公にはならなかった国王になります。

ジェイムズの妻のアンはカトリックに改心し、母メアリーはカトリック側について処刑されたこともあり、カトリックの信者にとってはジェームズ1世に宗教改革の期待を込めましたが、そんな期待に反しジェームズ1世は、カトリックの司祭をイングランドから追放するなどしてイングランド教会体制を堅持したため、カトリックの反発を招き、1603年にはカトリックの司祭たちがジェームズ1世を殺し、ジェームズの従弟を即位させようという陰謀を企てたりもしたそうです

そして1604年5月には、首謀者であるRobert Catesby、そしてGuy Fawkes、Tom Wintour、Jack Wright、Tomas PercyがロンドンにあるDrake inn(現在はパブになっているようです)に集まり、議会に火薬を仕掛け爆破しジェームズ1世を暗殺しようと数か月もの間計画を練り続け、いよいよ議会が開かれる1605年11月5日に、ガイフォークスは貴族院の下にある地下室で36バーレルある火薬に火をつけようと待ち伏せしていたところあえなく御用となりました。
これがいわゆる「火薬陰謀事件」になります。ガイフォークスはこれにより大逆罪になり八つ裂きにされたそうです。

イギリスにおける政治と宗教の深い関係

以上みてきたように、イギリスの宗教の変遷は国王が変わる毎に、カトリック→イングランド教会→プロテスタント→イングランド教会→カトリック→イングランド教会と約120年で目まぐるしく変わり、過去の政治の背景には必ず宗教の勢力も動いていることが窺い知ることができますね

今なお残る当時の習慣

その火薬陰謀事件の数か月後、イギリスではジェームズ1世の無事を祈り、11月5日をガイフォークスデイと定め、花火を打ち上げるなどの風習が400年以上にわたり、現在でもボンファイヤーナイト(焚き火祭)などともいわれ、続いています(ちなみに英語のGuyという単語がありますが、Guy FawkesのGuyからきているそうです)。
また1606年以降、年に一度、在位している英国王は議会が始まる開会日に参加しますが、その開会日の前には、国王衛士がウェストミンスター宮殿の地下を探査するのが今でも慣例になっているようです

ハロウィンとどっちが盛り上がってる!?

私の憶測では、イギリスにおいては、日にちが近いハロウィンよりガイフォークスデイの方が盛り上がっていると思っていましたが、聞くところによると、ハロウィンはどちらかというと小学生低〜中学年くらいの子供向けのイベントで、子供のいる地域では盛んですが、大人の集まる場所では、ガイフォークスデイが盛り上がっているようです。



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