日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 40話 2012年、私たちの夏

ClintEastwood

結婚当時、私たちが抱えていた一番の問題は「住居」のことだった。
私たちは数年前から新居を考えていた。
新築の物件がほとんどない国なので、結婚に際して、家を買い換えるか、あるいは改築するかしようと話していたのだが、なかなか決着がつかなかったのだ。

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時間の止まった家

 

マルコムの家は、前の奥さんが出て行った時のままになっていた。
1960年代の照明器具や壁紙、家具など、レトロ趣味を通り越して生活しづらかった。
「せめて電子レンジが欲しい」というと、「家が新しくなったら」と返ってくる。
数年前から2人で数え切れないほどの家を見に行ったし、改築のための図面も引いてもらったが、マルコムには決心がつかなかった。
「自分には一度しかチャンスがない」というのが彼の口癖だった。

新築マンション購入へ

 

しかし病気の発症が状況を変えてしまった。
マルコムはもうすぐ庭の手入れもできなくなるし、二階への階段の上り下りもできなくなるのだ。
それどころか、バリアフリーではない当時の家では、車椅子で玄関から入ることもできなくなるだろう。

マルコムは、それまで絶対に嫌だといっていたマンションを見に行きたいと言い始めた。
ちょうど、イースト・グリンステッドという街に、セミリタイアメントハウスという実験的な物件の建築が始まり、居住者を募集し始めた。
そこは、外からは一軒のお屋敷のように見える集合住宅で、一戸70平米弱、20世帯ほどが入っていた。

難しい決断

 

入居の条件は「夫婦のどちらかが55歳以上であること」だった。
老人ホームではないけれど、自宅を売って、セキュリティのしっかりしたそのマンションに越してくる人々のための物件だった。
1日に2時間、コンシェルジュが住民の世話をしにくる。
ちょっとしたドアの不具合を直したり、電球を替えてくれたり。
私たちが下見に行った時は、そこはまだ建築中で、壁の裏側まで見ることができた。
スタッフは親切で、「マンションはバリアフリーになっているから、車椅子でも生活できます」と説明してくれた。
だが、マルコムの決心はなかなかつかず、古い家での生活が続いた。
体が不自由の度を増すようになると、マルコムはソファに座ってテレビを見る時間が増えた。

え!?ランチたったの一回で、本場の英会話レッスンを!?

 

夏休みは、私はマルコムを日本に連れて行くことにした。
私は会社で働かなければならなかったし、その間、英語が習いたい友人や知り合いに、彼の相手をしてもらえる工夫をすることにした。
「イギリス人ネイティブとの英会話無料レッスン、レッスンのお礼はランチだけ!」
そんな広告をネットに打った。

私たちが滞在している広尾のウィークリーマンションで、毎日のランチタイムに、マルコムと英語で喋りたい人大募集。
お昼を奢ってくれる(あるいは弁当を作って持ってきてくれる)人に連絡を取って、マルコムをお願いして私は会社に行った。
その企画はかなりうまく機能した。
ネットで応募してくれる人はほとんどが女性で、マルコムの車椅子を引いて、有栖川公園などで英会話を楽しんでくれる人が、ほとんど毎日やってきた。
私の知り合いの翻訳者の女性も、時々会いにきてくれた。

広尾駅員が見せた日本の心に恐縮

 

日本の地下鉄や鉄道では、車椅子の人へのサービスが行き届いている。
エレベーターの場所の案内や、電車の乗り降りにボードを渡してくれるなど、至れり尽くせりだ。
行き先の駅をいえば、着いた場所でボードを持った駅員さんが待っていてくれる。
そんな日本人の「機能性と精密さ」はマルコムを大いに感心させた。

ところが困ったことに、地下鉄の広尾駅にはエレベーターがなかった。
どうやって地上まで上がったらいいのかと相談すると、あろうことか、駅員さんが6名ほどで、マルコムの車椅子を「えいや」とばかり担ぎ上げて、数十段もある階段を運び上げたのだ!

その光景はまるで「インドの皇帝」みたいだったし、マルコムは大いに感動しながらも、恥ずかしさと申し訳なさで、クスクス笑って座っていた。
そしてそれ以来、私たちは広尾駅を使うことを避けるようにした。
あまりにも申し訳なかったから。

ある英国人が愛しだした素顔のニッポン

 

私は2週間ほどの夏休みを取り、マルコムと涼しい長野に旅行した。
長野で農業をやっている友人の農家に何泊かさせてもらったり、私の父も呼んで一緒に温泉に泊まりに行ったり。

長野にある、イギリス式の庭園「バラクラ・イングリッシュガーデン」はマルコムを興奮させた。
エリザベス女王も訪問したというその庭園は、イギリス式を謳うにはやや雑な作りかと思ったが、マルコムはそれでも、イングリッシュガーデンを日本で楽しめることにご満悦だった。

たくさんの人からの親切を受け、数え切れないほどの花火を見て、マルコムの日本での夏は終わっていった。
その頃から、マルコムの日本に対する評価が大きく変わっていったのではないだろうか?

つづく

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