日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 38話 新しい家に1日も住まなかったマルコム

ClintEastwood

東京に戻った私は、かなり忙しい毎日をこなしていた。
仕事はビッシリだったし、賃貸マンション探しも同時進行で行なった。

第1話はこちら
前回のお話はこちら

マルコムのための新居探し

たくさんのマンションを見た。
マルコムが日中、そこで過ごしても悲しい気持ちにならないように、眺めがよくてお日様がたくさん射す家がよかった。
私が探していたのは1LDK。
広い寝室と広いリビングが必要だった。
広々したLDKは、マルコムが車椅子で動き回っても全く問題ない広さが欲しい。
幸い、文京区に、南向きの眺めのいいマンションが見つかった。
文京区のマンションは、ほとんどの条件を満たしていた。

突然の事故

長男の家で面倒を見てもらっているマルコムとはほとんど毎晩スカイプで話をした。
マンションが見つかったことや、仕事が忙しいことなど。
だがある日、スカイプで見るマルコムの様子がおかしかった。

「ニュースがあるよ。歯がガタガタになったんだ」
「何のこと? 冗談を言ってるの?」
「いや違うよ。今日、リビングで転んだんだ。孫のマシューのガウンを踏んづけてしまってね」
「何ですって?!」
びっくりして私の血の気が引いた。
マルコムの説明によると、長男の家のダイニングで、大理石の床に、孫のガウンが落ちていたのをうっかり踏んでしまい、滑って顔面から転んだらしい。
マルコムは普段は車椅子を使わず、杖で歩いていたので、ガウンに乗ればひとたまりもなくバランスを失ってしまったのだろう。
長男の奥さんは顔面血だらけになった義父を大慌てで車に乗せて、救急病院に駆け込んだという。
幸い、マルコムは前歯を打っただけで、体の他の部分は無事だった。
しかし、前歯一列がグラグラになってしまったのだという。
こちらも歯医者の予約を取ったので、何とか支えをしてもらえそうだ、とマルコムは弱々しく笑った。
もし私が同じ病気にかかったら、転んだり滑ったりで満身創痍だっただろう。
だが、用心深いマルコムは、私の知る限りほとんど転ばなかった。
少なくとも派手に転んだのはその時だけだ。

イギリスでの新居の購入

私は12月にマルコムを迎えに渡英、クリスマスをイギリスの家族と過ごす予定だった。
マルコムは、私が帰る前に、イギリスで購入するマンションの契約を進めていいかと聞いた。
反対する理由はない。
マルコムは子供達に手伝ってもらって、イーストグリンステッドの新築マンションを購入した。
歯のブリッジもかけてもらった。
自宅の最後の整理はできなかったけれど、遺書のアップデートもしたと言った。
イギリスでは、遺書を残すのは普通のことなのだ。

私が留守の間に、1人で家に住むことができないほど、マルコムの病状は進んでいた。
私たちは長男の家にお世話になってクリスマスを過ごした後、そのまま日本に引っ越した。
息子たちは、体が不自由な父親に代わって、私たちの留守中に、以前の家からイーストグリンステッドの新居に引越しをしておいてあげると約束してくれた。

イギリス最後の日

1月4日はマルコムの誕生日。
2013年の1月4日、誕生パーティーをする暇もなく、私たちはヒースローから飛行機に乗った。
マルコムは生まれて初めてのビジネスクラスでくつろいだ。

彼は何も言わなかったけれど、心の中で、もう二度と祖国の土を踏むことはない、と覚悟していたのだ。

それは正しかった。

2013年1月5日の寒い日、マルコムは成田空港に降り立った。
そしてなくなるまで二度と日本を出ることはなかった。

つづく

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