マルコムは電話魔だった。
大学院の寮住まいの私に、1日1回は電話をくれた。
「外国暮らしをする外国人が、どんなに寂しいか想像がつくから」というのが理由だった。
しかしイギリスの大学院の多くが1年制で、論文に次ぐ論文の提出があり、しかも年長の私は若い学生たちの悩みや諸問題の解決に力を貸したりと、結構忙しい日々を送っていたのだ。
しかもシャワーを浴びているとかかってくる、という絶妙なタイミングに困りもしたが、真面目そうなイギリス人の男性から電話をもらうことは嬉しかった。
【第1話はこちら】
誘い文句はムール貝
次の誘いは「手料理をご馳走したい」であった。
マルコムは料理教室に通っていて、料理を趣味の一つにしていた。
ムール貝のワイン蒸し、ときいて大いに興味をそそられた。
マルコムは、自宅への道を丁寧に教えてくれた。
大学の寮のあるルイシャム区の隣のブロムリー区で、驚くほど近かった。
車なら30分かからなかっただろう。
でも、後々までマルコムは車で寮まで来るのは好まなかった。
その日も当然、電車を推奨された。
ロンドンブリッジ駅から快速ならひとっ飛びのオーピントンという駅で下車するのだという。
「東口はタクシー乗り場、西口はバスターミナルになっている。
東口に迎えに行くからまちがえないようにね」と説明された。
ちなみにタクシー乗り場はイギリス英語で「taxi rank」という。
使ってみるとネイティブには「お、知ってるね」という顔をされるだろうし、外国人留学生には通じないだろう。
時間に正確なイギリス人
さて、待ち合わせ時間になっても彼の車は来なかった。
案の定というかなんというか、私はしっかり出口を間違えたのである。
マルコムから電話があって、「そばに何が見える?」と聞かれ「テイクアウトのカレー屋さんか何か」と答えると、すぐにピンときたようで、「3分待ってて」。
駅の反対側からすぐ車を回してきてくれた。
彼はイギリス人にしては(失礼!)いつもすごく時間に正確だった。
待ち合わせに遅れたことはほとんどない。
「こっちは西口だよ」
マルコムの車に乗り込んで、自宅まで連れて行ってもらった。
駅から坂を登って、ほんの5?6分だ。
イギリスによくある、れんが造りの家が並んだ、閑静な住宅地だった。
道の奥が行き止まりになっているので、車の往来も少ない。
「ガンピング・ロードっていう通りなんだ、おかしいだろう?」
といわれても何がどうおかしいのか、私にはわからなかった。
未だにわからない。
イギリス人のお宅探訪
家に上がると、予想外に、土足は入り口で脱ぐスタイルだった。
カーペットが汚れるので最近では英国でも室内土足は少数派なのだ。
居間の奥にすごく広い庭が見えた。
確かにテニスコートをとってもお釣りがくるような広い庭には、温室や池、畑などもあり、花壇には多くの花が咲いていた。
「庭の手入れが忙しくて」という言葉はホラではなかったのだった。
実際、彼は本当に正直な人だった。
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