日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 41話 マルコム、とうとう新築マンションを買う

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休暇の後、私たちはイギリスに戻った。
そして不自由になってしまったマルコムのために、車椅子とかシャワー椅子などを行政に頼んだ。
不慣れな私に替わって、マルコムの長男のお嫁さんが手配してくれた。
何日かして、若い女性の福祉職員が我が家を訪ねてきた。

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日英の決定的なサービスの違い

 

彼女がいうには、

「福祉関係の予算が年々削られるので、自分も正規職員ではなく、今月末には契約切れで解雇されるの。車椅子などのことは申請しておくけど、そんなわけで、いつ届くかは約束できないわ。ないない尽くしで、どうなっちゃうのか不安よね」

とのこと。

結果的には翌週、車椅子やシャワー椅子が届いたのだが、その後も不安なことが続いた。
ロンドンに行く用事ができて、マルコムと私はタクシーを頼んで駅まで出かけた。
日本と同じ感覚で、駅でサポートを頼もうとしたが、駅員さんの誰もが相手にしてくれない。
困り果てて駅長室に直訴して、やっと1人の女性職員が、マルコムの車椅子と列車をつなぐボードを渡してくれた。

「チャリングクロスで降りるので、そっちにも駅員さんをお願いします」と伝言したが、案の定、到着した駅に係員はいなかった。
一説には、そういうサポートは「予約制」で受けられるというのだが、予約なしでいつでもサポートしてもらえる日本と比べたら、やはりサービスの悪さは否定できない。

その時は、マルコムはまだかろうじて自分の足で立つことができたため、列車を降りられたが、もし全く体が動かなくなったらどうなるのだろう、と彼が不安になってもおかしくない出来事だった。

旅立ちの決断

 

その頃、別の問題が私たちに降りかかっていた。
それは、私の「東京への異動」の辞令だった。

「東京での勤務」。
マルコムの状況を考えれば、それは不可能というものだった。
私が1人で日本に帰れば、マルコムは施設に入らなければならなくなるだろう。
そんなことはとても考えられなかった。
私は会社に事情を話し、辞令を受け入れることができないと説明したが、会社も強硬だった。

私はマルコムに相談した。
この際、日本で介護を受けてはどうだろう?

私の母が生前、日本の介護保険を使っていたので、そのレベルの高さはよくわかっていた。
車椅子だって他の介護用品だって、待たされることなく供給される。
ヘルパーさんもケアマネさんも、みんなでチームになって介護に当たってくれる。
仕事をしながらの介護なら、イギリスよりも日本の方がむしろやりやすい。

マルコムは、意外なほどあっさりとその提案を受け入れた。
夏の間日本で車椅子のサービスを受けて、その質の高さを知っていたからかもしれない。
「妻が日本に行くなら、夫の自分も行く。当たり前のことだよ」

息子たちの別れ

 

家族会議が開かれたのは、ある秋の日だった。
息子たち2人とその家族が父親であるマルコムの家に集まった。
マルコムは、体が不自由になった時点で、日本で介護を受けながら妻と暮らしたいと思っている、と静かに言った。

息子たちは驚いた様子だった。
イギリスにいて、施設で暮らせばいい、自分たちはしょっちゅう会いに行く、というのが彼らの意見だった。
日本での生活が想像できないから当然かもしれないが、私に父親を取られるような気がしたのかもしれない。
とはいえ、最後はマルコムの気持ちひとつだ。
彼らは悲しそうな様子で帰っていった。

最後に帰る場所を

 

私は10月初めから6週間、単身で日本に帰って、マルコムと住む家を探したり、会社での新しいポストの準備をしたりすることにした。
留守中は長男の家で面倒を見てもらえることになった。
いよいよイギリスを離れることになった私にマルコムがきいた。
「ねえ、あの新築のマンションを買うっていうのはダメかなあ?」
私はびっくりしてマルコムの顔をまじまじ見た。
「だって、マンションは嫌だっていってたじゃない?」
「こんな病気になったら、一戸建ては無理だから…」
「どうなるかわからないんだから、家は買わないでおくという選択もあるんじゃない?」

最後は施設や病院で、という可能性は大いにあった。
だが、マルコムは家をイギリスに持っておきたがった。
精神的にも、最後に帰れる場所が必要なのだと言った。

私は、マンションを買うことに同意した。
マルコムは驚くべき速さで住んでいる家を売り、新しいマンションを買う手続きを進めた。
何年も何年もできなかったことを、マルコムはほんのひと月でやってしまった。
病気が彼を前に進ませたのかもしれない。

私たちが住んだ、庭の広い家は、イギリス人の新婚夫婦に買ってもらった。
今でも仲良くしているお隣さんによれば、赤ちゃんが生まれたので、安全対策として池は埋め立てられたそうだ。
マルコムが丹精して育てていた金魚はどうなったのか、ちょっと気になった。

つづく

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