日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 29話 ロックスターがクラスメート

ある日のことだった。
キッチンで野菜を剥いている私に向かってマルコムが聞いた。

「ねえ、ケヴィン・エアーズって知ってる?」

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私は「驚く」の三乗くらいびっくりして、マルコムに、
もちろん知ってるわよ、世界的に有名なミュージシャンじゃない。
ケヴィン・エアーズがどうしたの?」

マルコムは平然と、
「知ってる? そんなに有名なの?」
若い読者のために解説しておくと、ケヴィン・エアーズは1960年代ブリティッシュ・プログレッシブロック黎明期を代表するバンド、ソフトマシーンの第1期ギタリストで、のちにソロになって活躍したアーティストだ。

堅物のマルコムがそんな音楽を聴いていたとは思えない。

私の疑問に答えるように、マルコムは
「ケヴィン・エアーズと同じ寄宿舎で暮らしたんだ。
同じ学年だった。
頭のいい男だったなあ」

ケヴィンの生い立ち

「えーーーー!!!!」
である。

さすがにロックの殿堂イギリスだけあって、そういうスターが身近にいたりするんだ。
そういえば以前、英語学校の先生は、友達がジャスティン・ヘイワードと親しいと言っていたっけ。

「ケヴィンは父親がBBCで働いていて、マラヤ(マレーシアの旧国名)で育ったんだ。
そこで母親に恋人ができて、父親と二人でイギリスに帰国してきた。
母親がいないからボーディングスクール(寄宿学校)に入れられたというわけさ。
母親が亡くなっていた私と同じ境遇だったんだ。

イギリスにおびただしい数の寄宿学校があるのは、植民地支配の時代、親が子供を母国において外地に赴任して行った名残りなのだ。
イギリスには単身赴任という考え方はないから、危険だったり、教育環境のない発展途上国に赴任するときには、子供を寄宿舎に預けて妻だけを連れて行く、というのがスタンダードだ。

早熟だったケヴィンの少年時代

ケヴィンは寄宿舎で、かなり早熟な異端児だったようだが、マルコムの話を聞く限り、彼は「その時期が自分の人生にとってどういう時期なのか」を悟っていたフシがある。
勉強もほどほどにして試験はクリア、ネズミ講の胴元もこっそりやって金を稼ぎ、靴を磨きたくないばかりに、クラス委員として先生の後ろについてクラスメートたちの靴をチェックして回ったが、そういう自分の靴は泥だらけだったという。
「先生の後ろからついて歩くからバレないんだ」
天才的に要領がよかったらしい。

その寄宿学校は、伝統的なイギリスの煉瓦造りの瀟洒な建物で、その前でマルコム、ゴードンなど、親しかった友人に囲まれながら艶然と微笑む16歳のケヴィンの写真をマルコムは持っていた。
圧倒的なスターのオーラが、その時代から既に見て取れた。

「ケヴィンは、将来大物になりそうだからって、私のサインをよく真似して書いてたよ」
とマルコム。
余程暇を持て余していたのだろう。
ケヴィンがじっと「大人になるのを待って」いる様子が目に浮かぶ。

卒業後、ケヴィン・エアーズは地中海のイビサ島に放浪の旅に出たという。
当時、ヒッピーのメッカだった島だ。
他のクラスメートによれば、そこで金持ちの女性スポンサーを見つけて音楽活動を始めた、というのだが、真偽のほどはわからない。

ケヴィンをクラス会に呼ぶ!?

私があまりにも興奮したので、マルコムはケヴィンをクラス会に呼ぼうと試みたが、本人はもちろんのこと、マネージャーからもメールの返信はなかった。
どのプロフィールを見てもケヴィンがその寄宿学校について語った形跡は一切なく、自分の過去を消し去ってしまいたがっていることは明らかだった。

2013年2月、ケヴィン・エアーズがフランスの田舎のコテージで亡くなった、という訃報が届いた。
マルコムはちょっと残念そうな顔をした。

つづく

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