日本のおばさんが、クリント・イーストウッド似のイギリス人と結婚できた理由 42話 英国紳士、ラストフライト

ClintEastwood

マルコムの「人生最初で最後のビジネスクラス」の経験は微笑ましいものだった。
着席すると離陸前にシャンパンの歓迎。
これは嬉しいものだ。

中国の航空会社だったけれど、座席は快適だったし、食事はそれなりに航空会社の努力が感じられるものだった。
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ALS

保守的なイギリス人老年紳士「マルコム」が、日本人妻と再婚し、日本へ。

ただし、彼はALSという不治の病で、
余命わずかと診断されていた。
そのような状況でも、
彼は淡々と日本の文化を味わい、
イギリスと比較しながら、
アイロニックに日記に記していく。

日本にまったく興味のなかった
コンサバ英国紳士が、
日本文化を楽しむようになった訳とは?

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中国ワインにご用心!

 

テーブルにはクロスが敷かれ、スターターとメインディッシュの洋食が供された。
ワインは二人の好物だが、私はこれまでの経験で、アジア系の航空会社で当事国のワインを頼むことがどんなにリスクを孕むかを知っていた。
だから「中国のワインとフランスのワインがあります、どちらにいたしましょう?」と言われた時、ためらいもなく「フランスのワインを」と返答していた。

だが、これから「アジアの国に住む」ことを意識していたマルコムは、多分友好的な気持ちから「中国ワインを試してみようかな」と言ってしまった(ヨーロッパの人間に中国と日本の食品クオリティの差などわからないのが現状だ)。

私に出されたフランス白ワインは、覚悟していたようにやや生ぬるかったが、飲めないことはなかった。

果たしてマルコムの中国ワインは?

アジアの手荒い歓迎

 

一口飲んだマルコムは、一瞬固まり、まるで生きたドジョウを飲み込んでしまったような顔をした。
私は吹き出した。
「だから言ったでしょ。中国ワインなんて頼んじゃダメだって」
マルコムは黙っていたが、こりごりなのは明白だった。
これから住む「アジアの歓迎」とは思って欲しくなかったけれど、まあ、ワインのことは後でフォローしよう。

失われた健脚

 

北京での乗り継ぎで、マルコムは長い長い通路を歩かなければならなかった。
ロンドンからの便が少し遅れたので、乗り継ぎ便の出発時刻が迫っていた。
だが、彼はもはや、速く歩くことができなかった。
杖をつきながらそれでもなんとか時間に間に合うように歩こうとするのだが、足は思うように前に出てくれないのだ。
風のように速く、どこまでも疲れを知らずに歩いたマルコムの姿はもうなかった。

「Emma、無理だよ。僕はもう歩けない」
立ち止まり、顔を歪ませるマルコム。
私は焦った。

そして彼をそこに待たせて、周囲を見渡し、数メートル先を走っていた電動カートの前に飛び出した。

守るのは私

 

幸い乗客がいなかったカートの運転手はすぐに停まってくれた。
「すみません、お願いです、夫が歩けなくて、飛行機が乗り継げないんです。搭乗口まで乗せてください!」

あとで聞けば、電動カートは予約制で、事前の申し込みをしておかないと乗せてくれない。
しかし、マルコムの杖をついて佇む姿を見た運転手は、気さくにも頷いて、マルコムに乗るようにと手招きした。
どんなに救われた思いだったか! 私はマルコムを支えながら一緒にカートに乗り込んだ。
カートは私たちのゲートのすぐ前まで行ってくれた。
私は、笑顔で去っていく運転手を見送った。
彼に向かって手を合わせたい気持ちだった。

同時に、これからは自分がマルコムを、どんなことをしてでも守っていかなければいけないんだ、という覚悟が芽生えていた。
これからの二人の人生の荒波の中、船の中でマルコムの命を支えるのは誰でもない、私なのだ。

覚悟をもって

 

搭乗が始まっていた。
体の不自由なマルコムは、優先的に搭乗を案内された。
そこからは問題なく、成田までの空路は快適だった。

飛行機のドアが日本の空に向かって大きく開いた時、私は真っ青な、どこまでも晴れ上がった懐かしい日本の「冬の空」を見た。
眩しい太陽は惜しみなくさんさんと、日光を注いでいる。
イギリスのあのどんよりした暗い太陽と同じものとはとても信じられないほどだ。

1月5日。
マルコムがどんな覚悟でタラップを降りたのか、もう聞くすべはないけれど、今ではわかるような気がするのだ。

つづく

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