日本ではNHKの不祥事以降、NHK受信料を支払わない家庭が増えていると言う。
「罰則がないから支払わなくてもいいんだ」という声も聞こえてくるが、国営放送の受信料を支払わなくても罰則がない国ばかりでない、ということは、外国暮らしをする人なら覚えておいたほうがいいだろう。
その調子であなたがイギリスに暮らすと、もしかしたら大やけどをするかもしれない。
忍び寄る声
私がオフィス兼ウィークリーマンションをロンドン東部に借りたとき、トルコ人の大家が30インチものテレビを据え付けていった。
イギリスの賃貸マンションは家具付き、食器付きがスタンダードで、その日から生活ができるというのが普通だ。
デカいテレビがあったというものの、そこは私のオフィスで、週末や週中にはケント州にある夫の家に帰っていた。つまり通い婚である。
大学院の学生寮にいるときはさすがに学生には請求が来ず、多分大学とBBCとで話し合いがなされていたのだろう。
しかしいったん組織を離れれば、外国人である一個人は弱いものだ。
ある日、フレンドリーな東ヨーロッパ風な男がドアを叩いた。不慣れな私は応対してしまった。
「テレビはありますか?」
「あるわよ、使ってないけど」
テレビがあれば使っていなくても関係ない!
それはテレビ受像機の使用状況を調べて回る調査員。
彼らは人工的な笑顔の下に想像もつかないほどの執着心の強いキャラクター隠しているので、できるだけ近づかないのが無難。
玄関先であしらえばよかったのだが、「自分は越してからただの1度もテレビを見ていない」という自負が邪魔した。
「ちょっと中に入ってアンケートに答えてもらっていいですか?」
無知な私は災いの種を招き入れてしまった。
してやったりの調査員はすばやく私のオフィスを見回し、部屋の済に大型テレビが据え付けられているのに目を止めた。
「テレビがありますねえ」
「ああ、あれは大家さんが置いていったものなの、ここは仕事場だから、1度も電源を入れていないはずよ」
「1度も見てないんですか?」
「そう思うわ。私はテレビを見ないし…」
「でも誤って電源を入れてしまったことは?」(この辺の狡猾な質問といったら!)
「ないと思うわ。その差し込み口を見てもホコリだらけでしょ」
こんな堂々巡りの会話をくり消したのち、調査員は「供述書」なるものに記入し(なんだか警察の供述書みたいだった)私にサインを求めた。
早く帰ってほしいばかりにサインをして調査員を外に追い出した。
彼は上機嫌な笑顔で帰っていった(そうだろうよ、今日はエサが捕まったんだから)。
政府VS個人
それから数日、なんと私のもとにイギリス政府から「180ポンドのテレビ試聴料の即時支払いを命じる命令書」が届いたのである!
そこにはちゃっかり取られた調書のコピーもついていた。
それを読むと私は「部屋にテレビがあって、何度かスイッチをいれたかもしれないがよく覚えていない」と証言したことになっていた。
規定の「次の場合、テレビ受信料(BBC)を支払わなければならない」という項目の中に、「テレビが家の中にある」という一項があった。
つまり、調査員にテレビを見られた時点で、ほぼ私の敗色が決まっていたのである。
命令書には、
「もし受信料が支払われない場合、○月○日に××裁判所の○番法廷まで出頭されたし」
と、まったく穏やかじゃないのだ。
その2につづく
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